食としつらい、ときどき茶の湯

ふつうの暮らしをちょっとよく。背伸びしないで今日からできる、美味しくて心地よい暮らしのヒントを集めています。

家をつくろうとする方・つくられた方の傍で、 家 人 暮らしを永年見守り続けた 元・建築設計事務所 広報担当から
日々の暮らしを見つめるヒントをお届け。家の捉え方、 暮らしの向き合い方を見つけるきっかけになれば嬉しいです。

キセキのみかん

「愛媛からミカンです、重いですよ」と聞いた瞬間、「あ!」と、一人の顔が思い浮かんだ。荷物の伝票を確認すると、やはり、あのお父さん。宇和島の、あのお父さん。

f:id:our_table:20181018171524j:plain

宇和島

今年7月、西日本を襲った集中豪雨。
ニュースを見ると、山があちこちで崩落し、青い実をつけたみかんの木が土砂ごと埋まっていた。「家もだけど、畑もね。もうね。。」と言葉が出ないまま、地肌むき出しの山を眺めるみかん農家さん。胸が詰まる。私の身近には りんごやブドウなど たくさんの果物農家の方がいて、りんご畑は見慣れた故郷の景色だ。見慣れた景色がごっそりなくなるって、どんなだろう。農家の方にとって、これは、どんなだろう。苦しくて苦しくて、見ていられなかった。テレビを見てモヤモヤしているぐらいなら、と愛媛に行くことを決めた。

許された時間はわずか四日間。ほんの一瞬。ユナイテッドアースというボランティア団体を拠点に、手を必要とする場所に向かう。

 四日間

1日目は、近くの川が氾濫し 家の中に濁流と土砂が押し寄せてきたというお宅で 泥搔き出し。水が引いても 床下には大量の泥が溜まっている。これを掻き出す。

2日目は、ミカン畑へ。360度ミカン畑。周囲を地肌の見えた山が囲む。「あそこもミカン畑だったんだ、崩落しちゃったけど」と説明を受ける。鈴なりに実る青い実を見て ずいぶん地表近くに実るものだなと思っていたら「土砂に埋まっているんだ、このままだと樹がダメになる」という。見える景色全部が埋まっているのだ。スコップで固い土を掘り、幹の根元近くにあるコブを出す。そうしないと窒息してしまうそうだ。1mを超える堆積で、二人一組でも1本に2時間以上かかる。何千本もあるだろう広大なミカン畑、樹を掘り出す作業はその後 止めになった。

3日目。別のミカン畑へ。集落そばの小さなミカン畑。そこには高齢のお父さんが待っていた。「ありがとう、本当にありがとう」と頭を下げながら「大きい石だけ拾ってもらえると助かります」という。見ると、堆積した土砂に混じって岩のような石が畑じゅうに散らばっている。一輪車で回収しながら敷地の外へ運ぶことにした。
ボランティア仲間が「幹を出さなくて大丈夫ですか」と尋ねた。申し訳なさそうにしていたお父さんだが「それじゃ 助かりそうな樹だけ…」と、土砂掘り作業が始まった。幸い土も柔らかい。30〜40センチ掘るとコブが出てくる。幹を傷めたら元も子もないので手で掘った。災害から3週間、土砂の表面には草が生えてきた。それがあまりに馴染んでいて 元々ここが地面だったようにみえる。「草まで生えちゃってね」とお父さん。泣きそうになった。ぐんぐん伸びてくる草が恨めしく思え、ついでに草もむしった。
ミカンの樹は、80年ぐらいの寿命という。「樹齢40年から50年に最高の実をつけよるんです。ここは若い頃に植えてようやく40年、助かるかどうかはわからんけど、もし実ったら食べて欲しい。本当に美味しい実をつけよるから。」そう言われ、住所交換をして別れた。

4日目。 別の農家さんの作業場へ。土砂が流れ込んだそうで、水は引いたが泥や鼻をつく臭いが残っている。作業場のものを一旦全部外に出し、洗浄する。作業場の泥を出し、清掃をした。休憩に頂いた生搾りのミカンジュースは最高だった。

あっという間の四日間。何ができたわけでもない、ただただ 現地の方の話に耳を傾けることしかできない。何も変わらない状況を残したまま、私は地元に帰った。

みかん

お父さんから届いたみかんは、小粒だけどプリプリ。手のひらに乗せるだけで涙が出た。なかには泥のついたのもある。また涙が出る。泣きながら皮をむいて 泣きながら頬張った。最高に美味しい。嘘なく 正直に、今まで食べたみかんのなかでダントツに美味しい。『樹齢40年〜50年がいちばん美味しい』は本当だ。あの惨状を よく堪えて実ってくれた。
みかんの樹と、ニンゲンが重なって思えて仕方ない。今がいちばんいい時期らしい。美味しいニンゲンになろう。

 

お題「今日の出来事」