食としつらい、ときどき茶の湯

ふつうの暮らしをちょっとよく。背伸びしないで今日からできる、美味しくて心地よい暮らしのヒントを集めています。

家をつくろうとする方・つくられた方の傍で、 家 人 暮らしを永年見守り続けた 元・建築設計事務所 広報担当から
日々の暮らしを見つめるヒントをお届け。家の捉え方、 暮らしの向き合い方を見つけるきっかけになれば嬉しいです。

70歳のお雛さま

3月の終わり、母の古希の誕生日。
家族で祝おうと実家に行くと、ピアノの上に古いお雛さまとお内裏さまが飾られていた。ここ信州では、お節句を月遅れで祝う風習があり、ひな祭りは3月3日ではなく4月3日。“ひな祭り本番”を間近に控え、せっかくだからと小屋裏の奥に仕舞われていたのを出したのだという。

それにしても、あまり見慣れない ふるいお雛さま。子どもの頃に飾っていた私や妹のお雛さまとは、年季も醸し出す雰囲気も違う。遠いむかしに箱の中にしまってあるのを幾度か見たことがあるような、ないような。

 

聞けば、母のお雛さまと言う。つまり、70年前のお雛さま。「節目だし、お母さんが生まれた時に買ってもらったものだから飾ってみようと思って」と母。「叔母さん(母の姉)のは宮付きだったけど、お母さんは次女だから屏風だけで簡易」とおどけて話すが、内心とても驚いた。昭和20年代。後半とはいえまだまだモノが少なかったであろうこの時代、叔母とは別に自分のお雛さまを持っていたとは。愛らしい表情をしたその古いお雛さまを眺めていると祖父母の姿が浮かび、思わず胸が熱くなる。

 

母方の祖父母は、幼少の私からみても勤勉で慎ましく、とにかく働き者だった。朝早くから黙々と畑仕事や蚕の世話をしていて、無駄話をしたり騒いだりする姿を見たことがない。特に祖父は言葉少なで、常に自分を律しているのが子どもの目にもわかるほど。そんな祖父母が、手に入れるのが容易でなかったであろうお雛さまを娘の誕生のたびに買い求めたのだと思うと、こみ上げるものがある。このお雛さまにどれだけの思いが詰まっているのだろう。古希を迎えた母も70年前は赤ちゃんで、祖父母の愛情を一身に受けて育ってきたんだと改めて気づく。

 

お雛さまを眺めていると、日頃なんとなくものを買っては浪費しがちな自分を強く戒めたい気持ちになる。モノの買い方、向き合い方。そういうところにも、人生観が表れるんじゃないかと思えてくる。

 

昨年の秋、祖母はたくさんの思い出を残して祖父のもとへと旅立った。機会があったら叔母のお雛さまも見てみたい。おじいちゃんとおばあちゃんが娘のために買った最初のお雛さま。県外に暮らしていてなかなか会うことのできない叔母、次の桃のお節句には「お雛さま見せて!」と訪ねてみようかな。